
ワン
公務員獣医師って、臨床とは違って何をしているのか全然見えないんですよね。

ゆっけ
その気持ち、よく分かります。正直ちょっと答えに困る質問なんですが、今日はそれに全力で答えます。私が保健所勤務時代に狂犬病予防員として働いていた頃の、通常の1日と、年に数回しかない**「集合注射の日」**——2つの顔をまるごと見てもらいます。
本記事でわかること
- 狂犬病予防員という公務員獣医師の仕事内容
- 新卒獣医師がベテランおっちゃんたちの上司になる特殊構造
- 保健所の通常の1日のタイムスケジュール(8:30〜17:15)
- 春先しか動かない**「集合注射の日」のリアルな現場**(8:00〜16:00、10会場以上を巡回)
- 苦情対応・立入検査・犬舎管理など現場ならではのリアル
- 「ほどほど働きながら地域貢献したい人」にハマる理由
狂犬病予防員って何をする人?
狂犬病予防法に基づいて、各自治体に配置される獣医師のことです。仕事の中身はざっくりこんな感じ。
- 犬の登録管理・徘徊犬の捕獲と収容
- 狂犬病予防注射の普及指導(自分で注射するわけではない)
- ペットショップ・ペットサロンなど動物取扱業者の立入検査
- 動物に関する苦情・相談対応
一言でいえば、「人と動物がかかわる公衆衛生」を守る最前線の仕事です。

ワン
あれ? 予防員って自分で注射するわけじゃないんですか?

ゆっけ
そうなんです。ここ、勘違いされがちなんですけど、実際に犬に注射を打つのは動物病院の先生。予防員は会場の段取り・受付・記録を担当する側なんですよ。詳しくは後半の「集合注射の日」で書きますね。
私の職場のリアルな構造
ここが公務員獣医師のユニークなところで、ぜひ知っておいてほしい話です。
私の保健所のチーム構成は、私(当時新卒)+現業職員のおっちゃん3人。おっちゃんたちの平均年齢は55歳超。ベテラン度も、社会人経験も、なにもかも向こうが上。

ゆっけ
なのに——チームの上司は私です。新卒の私が。日本の年功序列文化とはまったく違う世界で、最初は本当に戸惑いました。「えっ、私が指示を出すの?」って。

ワン
新卒でおっちゃんたちの上司…それはメンタル削れそうです…。
おっちゃんたちはベテランで、仕事も知り尽くしている。でも制度上は私が上司。この絶妙なパワーバランスが、公務員獣医師ならではの面白さでもあります。
では、そんな職場の1日を覗いてみましょう。
タイムスケジュール(通常の1日)
出勤・犬舎へ挨拶
出勤したら、まず犬舎へ。収容されている犬たちの世話をしているおっちゃんたちに「おはようございます」と声をかける。
一応私も収容動物の健康状態を確認します。

ゆっけ
でも正直に言うと、保健所の獣医師って犬猫を診察する機会がほぼないんです。なので「この子、元気かな?」くらいはわかるけど、細かい健康チェックはお手上げです。よほど人馴れした子じゃないと触ることもできないし……。
おっちゃんたちの方がよっぽど犬のことを分かっている、という現実は、内心ちょっと複雑でした。
現場へ出動
おっちゃんたちのメイン業務は徘徊犬の捕獲。通報が入れば車で現場へ向かいます。私もほぼ同行します。

ゆっけ
「現場へ出動」と書くとカッコいいんですが、実態は9割がたドライブです。通報場所に着いても犬がいない、なんてことはザラ。青空の下、おっちゃんと2人で車内でぼんやり待機……っていう時間もけっこうありました。
たまに捕獲できると達成感があって、おっちゃんたちの手際の良さには素直に感動します。あれは訓練と経験の技術です。
所に戻って相談・苦情対応
所に戻ると、電話やメールの問い合わせを処理します。多い相談はだいたい決まっています。
- 「飼い犬がいなくなった」
- 「近所の人が猫に餌付けをしていて、どんどん増えている」
そして一番多い苦情がこれ。

ゆっけ
「大量繁殖した猫の糞尿が臭くてたまらない」という苦情が、本当に多いんです。しかも苦情を入れてくる人と、猫に餌付けしている人と、両者の板挟みになる。答えのない問題を毎日対応するのは、正直しんどい仕事です。

ワン
苦情を入れる人と餌付けする人の板挟み…これは答えが出ないやつですね。
法律で解決できることに限界があるのを痛感する時間帯でした。
昼休憩
お弁当持参で、執務室でひとりご飯。

ゆっけ
たまにおっちゃんたちが「飯行くか」って声をかけてくれる日があって、これが地味に嬉しいんです。年齢も立場も違うのに、定食屋でなんでもない話をする時間は、けっこう好きでした。
こういう何気ない時間が、職場の空気をほぐしてくれるんですよね。
動物取扱業の立入検査
午後は、ペットサロンやペットショップへの立入検査が入ることが多いです。動物取扱業の登録基準(建物の構造や飼育環境など)を確認しに行きます。
私は田舎の保健所に勤務していたので、対象施設まで片道1時間かかることもありました。

ゆっけ
一人でドライブするので、これが地味に気分転換になるんです。窓を開けて山の空気を吸いながら走る時間は、仕事中とは思えないほど清々しかった。「これが公務員の旅費」と思えば悪くないです(笑)。
検査自体はそこまで複雑ではなく、チェックリストを確認してヒアリングして終わり、というのが実態です。
帰庁・書類整理
所に戻って、書類仕事。許可証の作成、立入検査の記録、問い合わせの記録……地味なデスクワークです。

ゆっけ
この時間帯が一番眠くなります。退庁時間の17:15まで、おっちゃんと他愛もない話をしたり、犬舎に行って時間の経過を待ったり。このゆるい時間の流れが、良くも悪くも公務員のリアルです。
退庁
緊急の対応がない限り、定時でそのまま帰ります。残業はほぼゼロ。

ゆっけ
残業がないのは本当にありがたかった。体力より精神が削れる仕事なので、帰ってゆっくりできる時間が回復には一番大事でした。
もうひとつの顔——「集合注射の日」(春・特別編)
ここまでが通常の1日です。ここからは、年に数回だけ流れがガラッと変わる**「集合注射の日」を紹介します。狂犬病予防法では、飼い主は毎年6月30日までに犬に予防注射を受けさせる義務があるため、自治体は4〜6月に集合注射会場**を設けて一斉接種を実施します。

ワン
集合注射ってよく聞きますけど、予防員さんが注射を打つんですか?

ゆっけ
ここ、本当によく勘違いされるところなんですけど——実際に注射を打つのは、地元の動物病院の先生です。予防員の役割は会場の設営・受付・撤収。事務方ですね。先生と予防員、それぞれの役割をきっちり分担して動かす日です。

ワン
なるほど、舞台を整える側が予防員で、注射器を握るのは動物病院の先生なんですね。
それでは、集合注射の日を時系列で見てみましょう。
保健所を出発・1日10会場以上を巡回
ワゴン車に机・椅子・看板・受付台帳・注射済票・釣り銭などを積み込み、おっちゃんたちと出発。
1日で10会場以上を回ります。会場は公民館の駐車場・小学校の校庭・地区の集会所など、自治体ごとに細かく設定されており、住民が「徒歩で犬を連れて来られる距離」に置かれているのが特徴です。

ゆっけ
動物病院の先生とは各会場で合流するスタイルが多いです。予防員と先生で同じ車に乗ることはまずありません。だから到着時刻が合わないと、どちらかが現地でしばらく待つことに。これも春先の風物詩です。
午前の巡回(5〜6会場)
会場に着いたら、まず設営。
- 机を並べて受付台にする
- 「狂犬病予防注射会場」の幟(のぼり)を立てる
- 注射済票・台帳・釣り銭を出す
- 動物の動線と人の動線を分ける
設営が終わると受付スタート。飼い主から鑑札の確認、予防注射済票の発行、料金の徴収、台帳記入を予防員が担当し、注射そのものは横で待機している動物病院の先生が打ちます。

ゆっけ
会場ごとの差がすごいんです。住宅街の大きな会場だと30分間ずっと飼い主の列が途切れない。一方、山間部の小さな集落の会場は——滞在5分で1頭だけ、なんてこともザラ。

ワン
1頭だけ……それでも会場を開けるんですか?

ゆっけ
開けます。地区ごとに「ここで何時から何時まで開催する」と事前に広報を打ってしまっているので、たとえ来る人がいなくても、規定の時間は会場に居なきゃいけない。誰も注射に来ない会場すらあるのがリアルです。「来ないなぁ」「来ませんねぇ」とおっちゃんと先生と3人で雑談して終わる会場、毎年必ずありました。
昼休憩——好きなお店でランチ
集合注射の日の最大の楽しみがここです。

ゆっけ
普段の保健所勤務では、お昼はお弁当か近くの定食屋。でも集合注射の日は車で各地を移動している関係で、好きなお店に立ち寄れるんです。「あの会場の近くにいいラーメン屋がある」「今日は海沿いだから定食屋にしよう」って、午前の会場が終わるあたりからおっちゃんとずっと相談してました。これが地味に、本当に楽しい。

ワン
仕事中なのに「今日のお昼どこ行く?」を本気で議論してる図、いいですね。
午後の巡回(残り5会場前後)
午後も同じ流れ。設営→受付→撤収の繰り返しです。
午後の方が来場者は少ない傾向があります。飼い主は午前中に来る人が多いので、午後の会場は「念のため開けてある」みたいな性格になりがち。

ゆっけ
午後の終盤は、おっちゃんたちと「今日のあの飼い主さん、犬がめちゃくちゃデカかったね」とか「あの黒柴かわいかった」みたいな雑談が増えます。1日中外に出ている解放感もあって、職場の空気が普段と全然違うんです。
帰庁・実績報告
最後の会場を撤収して保健所に戻り、その日の接種頭数の集計と報告書の作成で1日が終わります。

ゆっけ
10会場以上を回って机を出したり片付けたりしているので、地味に体力を使う日です。でも、不思議と疲労感より達成感のほうが強い。外に出て、人と会って、地域の犬が確実に守られていく——通常業務では得にくい手応えがある日でした。

ワン
「予防員=注射する人」じゃなかったんですね。設営も受付も全部やって、しかも10会場以上って、けっこうハードな1日です。

ゆっけ
そうなんです。表に立つのは動物病院の先生、裏で全部回してるのが予防員。役割分担をちゃんと知ってもらえるだけで、この仕事の見え方は結構変わると思います。
1日を振り返って
保健所の狂犬病予防員の1日は、ドラマチックな出来事が毎日あるわけじゃないです。でも、それが正直な話です。
苦情の板挟みに疲れる日もあるし、おっちゃんの上司として立ち回りに悩む日もある。でも一方で、公衆衛生という目に見えにくい部分で地域を支えているという実感は、ちゃんとありました。
そして年に数回、集合注射の日には、普段の事務方の自分とはまた違う「現場の段取り役」として動く——この緩急のあるリズムも、公務員獣医師の隠れた魅力だと思います。

ワン
派手さはないけど、なくなったら社会が困る仕事——公務員獣医師の存在意義、ちょっと見えた気がします。
狂犬病の発生を防ぐ、動物由来の問題が広がる前に食い止める——地味だけど、これがなくなったら困る仕事です。

ゆっけ
「ほどほどに働きながら、地域に貢献したい」という人には、けっこうハマる職場だと思います。私は産業動物に戻りましたが、公務員時代の経験は今でも財産です。
ちなみに:他の公務員獣医師職との違い
保健所配属の特徴を、他の公務員獣医師職と比べてみるとこんな感じです。
公務員獣医師の主な3つの職場を、簡単な比較表でまとめました。
| 職場 | 1日の動き方 | 残業・緊急対応 | 給与 | |---|---|---|---| | 食肉衛生検査所 | ルーティン(同じ場所) | ほぼなし | 公務員獣医師で最高水準 | | 保健所(狂犬病予防員) | 事務作業+外回り | 苦情対応など、少なめ | 標準 | | 家畜保健衛生所 | 現場・検査室・デスク | 鳥インフル等で激変、通常は少なめ | 2番目に高い |
転職先として「公務員獣医師」を検討するときは、どの職場に配属されるかで働き方が大きく変わることを覚えておいてください。
