
ワン
ゆっけさん、今日は産業動物臨床の「よかった」の話——これはゆっけさんの本職だった分野ですね…!

ゆっけ
そう、私自身、牛の診療を5年やっていました。
プロボックスに薬を積んで、1日100km走って牛を診る毎日でした。
正直に言うと、夏は暑く冬は寒い、いわゆる3K(きつい・汚い・危険)な職場でした(笑)。
それでも私は、わりと好きで続けていました。
「この仕事でよかった」と思える瞬間が、産業動物にはちゃんとあるんです。
📌 この記事の結論
- 産業動物の「よかった」は新しい命に立ち会う・農家さんとの絆・技術の習得
- 自分のペースで組み立てやすく、診療技術が確実に身につく
- しんどさは本物、でも**「この手で救った」手応え**も本物
- 限界なら、自分の心と体を守る選択も同じくらい大切
産業動物臨床ならではの「よかった」
まず、5年やった私が感じた「よかったこと」を並べてみます。
| よかったこと | 中身 |
|---|---|
| 新しい命の誕生に立ち会う | 難産から子牛を助け、無事に生まれた瞬間は、何にも代えがたい |
| 農家さんとの距離が近い | 「先生」と頼られ、世間話をして、一緒に牛を守る関係 |
| 農家さんの経営を支えている | 牛を治すことが、その農家さんの暮らしにつながっている |
| ある程度、調整が効く | 診療する順番や、休むタイミングを自分で組み立てやすい |
| 診療技術が向上する | 注射や手術の手技、繁殖技術(人工授精・受精卵移植)などが身につく |

ワン
「新しい命に立ち会う」…小動物とも公務員とも、ぜんぜん違う「よかった」ですね。

ゆっけ
そうなんです、産業動物の「よかった」は、生と死の両方に、素手の距離で関わるところから来ています。
順番に話しますね。
夜中の難産——いちばん忘れられない瞬間
ある冬の夜中、当直の電話が鳴りました。
「牛の難産。子牛が出てこない」。
暖房の効いた布団から、氷点下の牛舎へ。
手がかじかむ中で母牛と格闘して、ようやく子牛を引き出したときには、ぐったりして動かない。
藁でこすって、呼吸を確認して、見守って——しばらくして、その子が自分の力で立ち上がって、お乳を飲み始めたんです。
隣でずっと見ていた農家さんに、「先生のおかげや」と握手されました。
当直明けでヘトヘトでしたが——

ゆっけ
あの一瞬で「この仕事をやっていてよかった」と、心から思えたんです。
自分の手の中で、命がこっち側に残ってくれた。
産業動物臨床には、そういう夜があります。

ワン
…聞いてるだけで、ちょっと鳥肌が立ちました。
農家さんとの距離が、とにかく近い
産業動物臨床の日常は、派手ではありません。
半径30〜40kmのエリアを1日8〜10件、ひたすら巡回する毎日です。
でもその繰り返しの中で、農家さんとの関係がどんどん深くなっていくんです。
| こんなとき | もらった言葉 |
|---|---|
| 難産のあと | 「先生のおかげや」——握手と一緒に |
| 治療した牛が回復して | 「あの牛、また乳量戻ったよ」と嬉しそうな報告 |
| 何でもない日に | 「先生、メシ食っていきな」と家に呼ばれる |
技術と同じくらい、農家さんと世間話ができることが大事な世界です。
牛の話のついでに、天気の話、子どもの話、集落の話。
その積み重ねの先に、「先生に診てもらいたい」と名指しで呼ばれる日が来る。
地域の一員として頼られる感覚は、産業動物ならではの宝物です。
農家さんの経営を支えているという実感
産業動物獣医師が診ているのは、ペットではなく経済動物です。
牛が病気になれば、農家さんの収入が直接減る。
だからこそ、牛を治すことが、そのまま農家さんの暮らしを支えることにつながります。
| やったこと | つながる先 |
|---|---|
| 乳房炎を治す | その牧場の生産が、また元に戻る |
| 難産を助ける | 生まれた子牛が、その農場の財産になる |
| 病気を早く見つける | 農家さんの経営が守られる |
派手ではないけれど、自分の仕事が農家さんの経営に直結している。
その手応えは、産業動物臨床ならではのものでした。
意外と語られない「よかった」——自分のペースと技術の習得

ワン
でも産業動物って、夜中の呼び出しとか、体力的にきついイメージが強いです…。

ゆっけ
きついのは本当(笑)、でも意外と知られていない「よかった」が2つあります。
1つ目はある程度、自分のペースで組み立てられること。
診療する順番や休むタイミングを、自分の裁量で決めやすい。
外回りの仕事ならではの自由さです。
2つ目は診療技術がしっかり身につくこと。
注射や採血はもちろん、手術や、人工授精(AI)・受精卵移植(ET)といった繁殖技術まで現場で磨けます。
「できることが増えていく」実感は、続けるうえで大きな支えでした。
正直、しんどい。でも続けられた理由
しんどい面も隠さず書きます。
夏は熱中症の牛への補液が尽きかけ、冬は氷点下の分娩対応で手の感覚がなくなる。
においは染みつくし、車内飯が基本だし、体力はゴリゴリ削られます。
それでも5年続けられたのは、「自分の手で動物の命に関わっている」という手応えが毎日の現場に確かにあったから。
しんどさと引き換えにしても、あの手応えには価値がありました。
まとめ:大変だけど、続けたくなる理由
- 産業動物の「よかった」は、新しい命に立ち会う瞬間・農家さんとの絆・技術の習得
- 自分のペースで組み立てやすく、診療技術が確実に身につく面白さもある
- しんどさは本物。でも**「この手で救った」という手応え**も本物

ゆっけ
泥だらけのつなぎも、染みついたにおいも、ぜんぶ誰かの牧場の朝を支えている証拠で、あなたが助けた子牛は、今もどこかで生きています。
たまには、そんな自分を誇ってください🐾

ゆっけ
それでも「もう体がもたない」「限界かもしれない」と感じたら、無理は禁物です。
続けることだけが正解じゃない。
自分の心と体を守る選択も、同じくらい大切にしてくださいね。




